
1995年の全面オープン(総合開館)から30年を迎えた、東京・恵比寿の東京都写真美術館。開館30年を記念して開催中のコレクション展「不易流行」は、5人のキュレーターがそれぞれのテーマの下、約3万8000点に上る収蔵品から写真や映像を選んだオムニバス形式となっている。次期の「トランスフィジカル」展(7月3日~9月21日)と合わせて、延べ9人の学芸員による九つの視点で、「コレクションを未来に継承していく」(丹羽晴美・事業企画課長)試みだという。
タイトルの「不易流行」は松尾芭蕉の言葉に由来する。担当学芸員の一人、石田哲朗さんいわく、かみくだいて言うと「変わらないものと、変わっていくもの」。視点が変われば、見え方も変わる。およそ10回目のコレクション展だという石田さんに、初めて携わる若手学芸員の4人が加わり〝五人五様〟の展示となった。
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入ってすぐにあるのは、「重点収集作家」でもあるオノデラユキさんの「古着のポートレート」。フランスの美術家、クリスチャン・ボルタンスキーが展覧会で用いた古着を引き取り、肖像写真のように仕立てた作品だ。制作年は95年。美術館の歩みと重なる一点で、展示は幕を開ける。
第1室は、佐藤真実子さんによる「写された女性たち初期写真を中心に」。女性の社会参加が進んだ時代に、「撮られる側」だった女性たちが、いかに撮影に主体的に関わったか読み取ろうとした。たくさんの女性の肖像が並び、静かにポーズをとるものもあれば、階段を駆け下りる躍動感あふれるもの、友人とはしゃぐものもある。そうして見たあとで、ダゲレオタイプに残るミレの「婦人像」(1850~60年)に相対すると、すました顔の彼女がちかしい存在のように思えてくる。

第2室「寄り添う」は、大崎千野さんの企画。前室から緩やかに続くように、石内都さんや塩崎由美子さんら、女性の撮り手が女性に、または自分自身に寄り添うようにして撮影した作品を紹介する。こうした写真は、撮る側と撮られる側の間に生じた感情の交換を感じさせる。例えば、不自由な体で1人暮らすウナを撮った、塩崎さんの「Una」シリーズでは、撮る行為を通して撮影者が励まされたであろうことも、想像がつく。

個人のささやきが聞こえるような前2室に対し、第3室「移動の時代」(室井萌々さん)は、開拓の時代から始まり、宇宙開発へと突き進む時代を扱う。とはいえ、主眼は社会に翻弄(ほんろう)される個人の側にあるのだろう。戦後日本に駐留していた兵士と結婚し、海を渡った女性たちのその後を追った、江成常夫さんの「花嫁のアメリカ」をはじめ、第3室から浮かぶのは、それでも生きようとする人々の姿である。

第4室「写真からきこえる音」(山崎香穂さん)は、テーマ設定が写真の読みを豊かにする。音楽家が演奏する姿や楽譜といった直接的に音を想像させる写真からはじまり、植田正治の「音のない記憶」のように静まりかえった空間の音、そして山上新平さんの「エピファニー」にいたっては、形而上(けいじじょう)の音ともいうべきものも感じさせる。
石田さんは開館記念展の「写真都市TOKYO」に立ち返り、昭和の終わりから開館した平成初期に至る、写真表現の移り変わりに目を向ける。この第5室「うつろい/昭和から平成へ」で、最後に展示される長島有里枝さんや澤田知子さん、佐内正史さんといった、若い世代による90年代半ばの表現は、この美術館ができたときの高揚を追体験させるようだった。
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重点収集作家で、同展にも出品する畠山直哉さんは、写真における「変わらないもの、変わるもの」をどう捉えているのだろう。
「70年以降の写真芸術のブームは展示やプリントなど、物質的側面が重視されるなかで生まれた。一方、現在はイメージが物質から解放されつつある。それまで写真を支えてきた存立基盤が変化するなか、写真表現も全く新しいものとして生まれ変わろうとしている。だから、ぼくらも頭ごと、体ごと変えていく必要があると思うんです」と振り返る。
本展を「過去や先人をリスペクトしながら、現代を眺める展示になっている」と評価しつつ、「これからも、アーティストの実験を、見る側の代表として歴史につないでいってほしい」と期待していた。「不易流行」展は6月22日まで。
2025年5月19日 毎日新聞・東京夕刊 掲載