ジャン・アルプ「共同絵画」
(おそらく1950年ごろ、アルプ財団 ©VG BILD-KUNST,Bonn&JASPAR,TOKYO,2024 C4772)

 テキスタイルや空間デザイン、絵画、立体作品などジャンルを横断し創作に取り組んだ女性芸術家、ゾフィー・トイバー=アルプ(1889~1943年)。近年、再評価が進む彼女と、その夫にして彫刻家、詩人としての顔も持つジャン・アルプ(1886~1966年)の二人展「ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ」が東京・京橋のアーティゾン美術館で開催されている。出品された88点の作品を通して、20世紀前半のモダンアートを代表するアーティストカップルとされる2人の個々の活動を追うとともに、互いの創作に及ぼした影響や協働制作に焦点を当てる。

 スイスに生まれたトイバー(=アルプ)は、母国で素描とデザイン、ドイツの二つの学校でテキスタイルやデザインなどの応用芸術を学び、テキスタイルやビーズを扱う作家としてキャリアをスタートさせた。一方、アルプはドイツで生まれ、国内とパリで美術を学んだ後、芸術家サークル「青騎士」やダダの活動に参画。20年代以降はシュルレアリスムとも関わり、具象と抽象の間を行き来しながら、コラージュやレリーフ、彫刻の領域で創作を行った。

 「展覧会を企画するにあたり、最初に関心を持っていたのはトイバーの方だった」と担当学芸員の島本英明さんは語る。だが作品を追ううちに、協働で制作した作品や、彼女亡き後もその作品がアルプの創作を刺激し続けるなど、2人の創作が絶えず密接な関係にあったことを知り「2人を合わせて紹介した方が面白く、すでに数々の個展やシュルレアリスムのテーマ展などで紹介されてきた夫のアルプを再考する契機にもなるのではないか」と考え、二人展に至ったという。

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 アルプとトイバーは15年、チューリヒで行われたグループ展で出会う。本展は4章構成で、2人の交流が始まった前後の作品から時代を追っていく。

 トイバーの作品に接したアルプは、その「垂直と水平の構成の明晰めいせきな静けさ」に影響を受けたことをのちに語っているほど感銘を受けたらしい。具体的にどの作品を指しているのかは特定されていないが、その特徴は「垂直-水平の構成」を主題とする紙の作品群や、ビーズ刺繡ししゅうの手帳カバー「抽象的なモティーフによる構成」にも表れている。格子状に分割され、その区画を生かし幾何学的なデザインや有機的なモチーフが施された手帳カバーは配色も効果的で、島本さんは「デザインの設計の緻密さが感じられる」と話す。

ゾフィー・トイバー=アルプ「抽象的なモティーフによる構成(手帳カバー)」(1917~18年ごろ、アールガウ州立美術館、個人より寄託)

 22年に結婚した彼女は自らの姓に夫の姓を重ね「トイバー=アルプ」と名乗る。第一次大戦後の欧州に広がったダダの運動にアルプとともに関わりながらも、教育者として、テキスタイルデザインなどを教えていた。

 続く展示室には、パッチワークの衣装や幾何学模様のクッションカバーのほか、2人で請け負ったホテルや歴史的建築の改装に伴う図面やデザイン画が並ぶ。パリ郊外に構えた住居兼アトリエも彼女が設計した。展示では、自邸を飾るためデザインした家具も見ることができる。

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 本展の見どころである2人の協働作品は、第3章で紹介される。「2人は基本的にはおのおので制作しており、時折コラボレーションしていた」と島本さんは解説する。本展では、39年に制作された「デュオ=デッサン」5点が展示されている。

ゾフィー・トイバー=アルプ、ジャン・アルプ「デッサン(デュオ=デッサン)」(1939年、アルプ財団)の展示風景=小松やしほ撮影

 テキスタイルから空間デザイン、絵画、立体作品へと創作領域を広げていったトイバーだが、平面と立体が一つの画面に共存する作品にも挑戦している。「レリーフ・セル(長方形、幾何学的要素)」は、正面からは黒の背景の真ん中に五つの白い円、左右に青と赤の四角が配置された抽象絵画に見えるが、横から見れば立体的な形を持っていることがわかる。

ゾフィー・トイバー「レリーフ・セル(長方形、幾何学的要素)」(36年、アールガウ州立美術館)=小松やしほ撮影

 互いに高め合ってきた2人の関係は43年、トイバーの事故による突然の死によって断たれる。大きな衝撃を受けたアルプは、4年にわたり通常の創作活動を中断し、彼女を追悼するグワッシュの連作や詩をつくった。

 最後の章では、トイバーのドローイングに基づいてアルプが制作したレリーフや彫刻、2人のデュオ=デッサンを絵画化した作品など、いわば「死後の協働作品」を展示する。

 近年、トイバーは再評価の機運が高まっているという。しかし、それは彼女がファインアート(純粋芸術)ではなく、応用芸術から活動を始めたことや、歴史的に男性中心の美術界にあって、その活動が全般的に評価されてこなかったことの裏返しでもあり、結婚後、トイバー=アルプと名乗ったことと合わせ、考えさせられる。6月1日まで。

人形劇「鹿の王」のための人形の前のゾフィー・トイバーとジャン・アルプ(1918年、チューリヒ)

2025年4月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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