伊藤若冲「玄圃瑤華」東京国立博物館 Image:TNM Image Archives

黒の魅力、多彩に展開
「エド・イン・ブラック」展 東京・板橋

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

日本美術

 水墨画を通じて白と黒の世界に親しんできた日本で、江戸期に黒の表現が花開いた。バラエティーに富む「黒い絵」を集めた「エド・イン・ブラック 黒からみる江戸絵画」が東京・板橋区立美術館で開かれている。

 黒といえば夜。電灯がない闇夜の暗さを現代人は知っている。しかし、照らす明かりを知らなければ、「真っ暗」だとは思わないかもしれない。本展の冒頭は、そんな時代のなごりを想像させる。夜の情景は真っ黒で描かれないから一見、昼間のよう。だが、画中の月やちょうちんが手がかりとなるし、例えば、さえざえとした梅の枝を描いた鶴亭「雪梅図」は印章の文言からその時間帯だと分かる。

 蘭学が盛んになり、灯火に用いる菜種油が普及し始めると、光や影への関心も高まり、表現も多様に展開していった。長沢芦雪や与謝蕪村の名品も展示されるが、いっぷう変わった作品の数々は本展の見どころの一つ。星々を描いた森一鳳「星図」、繊細な線香花火のきらめきを捉えた塩川文麟ぶんりん「夏夜花火図」、酔狂を極めたような筆致の月岡芳年「牛若丸弁慶図」が目を引く。

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 印象深いのは、中国的なイメージを独自に発展させた作品。伊藤若冲の「乗興舟」や「玄圃瑤華げんぽようか」は、文字を白抜きにした中国の拓本(法帖ほうじょう)をベースに生まれたことは知られているが、中国趣味であるのはもちろん、黒白反転の世界に生じる斬新さが、創作意欲を刺激したのだろう。

抱亭五清「粧い美人図」 摘水軒記念文化振興財団

 なかでも北斎門下だとされる抱亭五清の肉筆浮世絵は異色だ。絹本の「汐汲図」(前期)「よそおい美人図」(後期)はろうけつ染めの技法を用いて描かれており、他に例がないという。黒髪が黒い背景に溶け込む一方、白い肉体は画面から浮かぶようで、なまめかしい。学芸員の印田由貴子さんは「〝黒い背景〟が中国的イメージから離れ、日本的な要素のなかで変容していく様子が分かる」と話す。天明から寛政年間には、浮世絵で「墨彩色」(肉筆画)「紅嫌い」(版画)が流行した。黒を基調とした画面は落ち着いた印象を与え、趣味人に好まれたという。

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 最後に、当時の夜を思わせる空間も用意されている。ろうそくの明かりを模した床置きの照明で、狩野了承の「秋草図屛風びょうぶ」を見るという趣向だ。ゆらめきによって濃淡のある明かりが金屛風に反射すると、草花の存在が前にぐっと飛び出てくる。暗い室内では、金屛風そのものが光源のように輝いていた。

 印田さんは黒という存在について「私たちはあるときは色として、あるときは輪郭線として黒を見てきた。さらにぼかしやかすれなど、墨の表現としても認識してきた」と解説する。

 江戸時代中期以降、新しい視覚表現が貪欲に開拓されてきた。そのなかで、黒という特異な色彩が、同時代人の心を捉えたのだろう。13日まで。

2025年4月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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