グランドギャラリーには優しい色の家具が置かれ、自由にくつろげる=小松やしほ撮影

  2021年3月から休館していた横浜美術館(横浜市西区)が開館以来初の大規模改修工事を終え、2月8日に全館オープンした。昨年3~6月に開催された「横浜トリエンナーレ」の会場としてリニューアルし一部開館していたが、全館開館は約4年ぶりとなる。多様性をコンセプトに、無料でくつろげるエリアを拡充し、自由で開かれた、誰もが思い思いに過ごせる美術館をめざす。

 みなとみらい線みなとみらい駅直結の商業ビルを通り抜けると、広場を挟んだ目の前に石造りの威風堂々とした建物が現れる。

 横浜美術館は1989年、みなとみらい21地区に開館した。設計したのは、日本モダニズムの巨匠といわれる丹下健三(13~2005年)。丹下が国内で初めて、美術館として設計した建物だという。

 正面入り口を入ると、吹き抜けの開放的な大空間が広がる。今回のリニューアルの目玉、グランドギャラリーだ。壊れて閉まりっぱなしだったガラス天井の開閉式ルーバー(羽板)を修復し、自然光が降り注ぐ明るいエントランスホールとなった。左右対称に展示室へとつながる階段の踊り場には彫刻作品が展示され、座れるスペースもある。

明るい自然光が入るガラス天井=小松やしほ撮影

 改修にあたっては、建設当時の丹下の構想をひもとくことから始まった。

 すると、何に使うか分からない展示室より広い空間、展示室と展示室の間にいくつも設けられた休憩スペースなど、「美術館としては使い勝手が悪い」と感じていた設計に込められた丹下の思いが見えてきたという。丹下は、外光の入るスペースを広く取ることで閉塞(へいそく)感を持たせず、美術館の内と外をつなげて一つの広場として、いろいろな人が自由に行き来する空間にしたいと考えていた。それが分かった時、蔵屋美香館長は「ものすごい大発見をしたようで、正直わくわくしました」。

 拡張された「じゆうエリア」は無料。展示を見る人はもちろん、見ない人も気軽に訪れ、のんびり過ごせる。無料のギャラリーも2カ所増設した。飲み物を飲みながらおしゃべりを楽しめる「まるまるラウンジ」や、小さな子どもが靴を脱いで遊べる「くつぬぎスポット」を新設。美術図書室は利用しやすいよう、3階から地上階に移した。

 館内のあちらこちらに配置された家具は、建物の石材に含まれる粒の色に合わせた優しいピンク色を基調としている。チケットカウンターやチラシ棚、展示室の仕切り壁、さらには外の広場に置かれたテーブルや椅子も同じ色で統一され、内と外を緩やかにつなぐ役目を果たしている。蔵屋館長は「たまたま出会った人と会話をしてもいいし、泣いている子どもがいたら声をかけてもいい。『じゆうエリア』がそうした場所になるよう願っています」と語った。

 リニューアルオープンに合わせ、横浜をキーワードにした記念展「おかえり、ヨコハマ」も開催されている。

 コレクションを中心に、横浜市歴史博物館、神奈川県立歴史博物館、横浜開港資料館、横浜都市発展記念館など市内の施設が所蔵する作品を展示。縄文時代から現代までの横浜の歴史を210点余の作品を通して掘り下げる。

 第1章<みなとが、ひらく前>では、「開港に始まる」という横浜の歴史を再考する。発掘された縄文や弥生時代の土器を見ると、はるか昔にもこの地に暮らした人がいたという、当たり前の事実を改めて思う。第2章<みなとを、ひらけ>は時代がぐっと飛んで、開港以降の様子を描いた作品が並ぶ。遊郭を描いた作品や遊女の手紙なども紹介、隠すことなくその歴史を伝える。

「人面付土器」(鶴見区上台遺跡=弥生時代後期 横浜市歴史博物館蔵)
横浜港開港直後の様子を描いた作品が多く紹介されている=小松やしほ撮影

 目が留まったのは、第6章<あぶない、みなと>の、赤線(売春公認地域)で働く女性たちを捉えた常盤とよ子の写真群だ。着物姿で何かの冊子を見ながら寄り添い歩く2人の女性、診察室で机やベッドの上に無造作に座る女性たち、血液検査で注射針を刺された腕から顔を背ける女性--そこには何気ないけれど、確かな日常がある。

 通底するテーマは「女性」と「子ども」。最後の第8章<いよいよ、みなとが、ひらく>では、子どもの目線に合わせ作品を通常より15㌢低い位置に展示したコーナーもある。

子どもの目線に合わせて低く展示し、椅子に座ってみられるコーナーも=小松やしほ撮影

 展覧会名には、美術館が帰ってきたという意味と、どんな人も「おかえり」と温かく迎え入れましょうという願いを込めたという。再出発する美術館のありようを表している。6月2日まで。

2025年4月7日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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