昨年4月26日~5月26日に開かれた「まだ意味のない機械-phenomenal#03」展の展示風景 写真:小川真輝

2024毎日デザイン賞
「nomena」が受賞 心が動くエンジニアリング

文:小松やしほ(毎日新聞記者)

デザイン

 幅広いデザインの分野において、1年間で最も優れた作品を制作、発表した個人や団体に贈られる毎日デザイン賞(毎日新聞社主催)。節目となる70年を迎えた2024年の受賞者はエンジニア集団「nomena」(武井祥平代表)に決まった。昨年4~5月に開催された企画展「まだ意味のない機械-phenomenal #03」が高く評価された。5人の選考委員の講評と選考経過を紹介する。表彰式は4月18日、東京都文京区のホテル椿山荘東京で行われる。=文中敬称略

nomena代表の武井祥平さん 写真:小野真太郎

 nomenaの名前を最初に意識したのは何人かのデザイナーの瞠目(どうもく)するような仕事において、エンジニアリングを担っていたことだった。そして近年では、nomena自身による作品も増え、その存在感はますます際立っている。今回の受賞対象である展覧会「まだ意味のない機械」は、それらの活動の集大成ともいえるものだ。

 nomenaが一貫して追求してきたのは、これまでは動くことのなかったものを動かし「現象」という新たな領域を生み出すことである。特筆すべきは、高度なエンジニアリングが決して前面に出ることなく、人間の感覚に響く美的体験の背後でひそやかに息づいている点だ。

 展覧会場では、多くの理系の学生と思われる人々が、食い入るように作品を見つめていたのが印象的だった。デザインやアートの新たな領域として、今後ますます広がっていくに違いない。

 驚きと美が交錯するエンジニアリング。その革新性と挑戦する姿勢に敬意を表し、毎日デザイン賞を贈りたい。(永井一史)

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 ●選考委員の講評
 ◇齋藤精一 パノラマティクス主宰
 デザインは私たちをどこに連れていってくれるか。社会の道具として? 表現の可能性として? 世の中をより良くするための共有活動として?など、さまざまな捉え方ができる今のデザインに、本賞の審査の議論を通して新たなまとめができたと思う。大賞であるnomenaの活動は一見するとメディアアートに見えるかもしれないが、動き・見立て・たたずまいの設計は時間軸を持ったデザインとして体現している。アートとデザインの境界線も、良い意味であいまいになる今をどう考えるか。それは意識すべきなのかという大きな問いを私たちに投げかけてくれた。

 ◇柴田文江 プロダクトデザイナー
 デザインの領域が日々拡張する中で、多様なジャンルのデザインを比べて審議する難しさに今年も頭を悩ませた。しかし、その中で2024年に新しいデザインの地平を開いてくれそうな新鮮なエントリーがあり、それがnomenaのデザインワークだった。展覧会での優れた作品に驚かされたのは言うまでもなく、異なるデザインジャンルとのコラボレーションによる表現は、これからデザインの内側に当たり前に必要とされる要素ではないかと感じられた。

 ◇須藤玲子 テキスタイルデザイナー
 「ミス・ブランチを囲む幕」の美しさを見せつけた五十嵐久枝の展示空間、服飾の領域を超え、最新技術の研究開発に果敢な挑戦を続ける廣川玉枝、宮前義之、そして森永邦彦の取り組みには、日本の繊維・ファッション領域の未来への道筋を感じ、印象に残った。また建築家との協働で空間を活性化させ、人と家具との関わりに新しい提案をした藤森泰司のプロジェクトには引きつけられた。研究、開発、実験といえば、あらゆる分野の知見を総動員して創造の世界を展開する武井祥平率いるnomenaの卓越したエンジニアリングのみずみずしさと躍動感は、デザインの未来に大きな影響をもたらすだろう。

 ◇永井一史 アートディレクター
 毎年のことながら、第一線で活躍するデザイナーの中から1人を選ぶ難しさを痛感する。今年も最初の選考では迷いがあったが、候補者リストが手元に届いた時点で、情報収集や現地視察を行うなど、例年以上に時間をかけて準備した。自分の中では2人に絞り込んで審査に臨んだ。審査終盤の議論でも、その2人が最終候補となった。評価は揺れ動いたものの、議論を尽くすうちに自然と収束した。決選投票の結果、全員一致でnomenaが選ばれた。nomenaが切り開く未来に、期待してやまない。

 ◇保坂健二朗 滋賀県立美術館ディレクター(館長)
 要素もコストもミニマイズした五十嵐久枝の展示デザイン。アニメーションの可能性を追究する岡崎智弘。インスタグラムに不穏なイメージを日々投じる川田喜久治。驚きを秘めた構成で空間を刷新する新素材研究所。建築家による空間をさらに活性化させる家具をつくりあげた藤森泰司。注目に値する仕事が並ぶ中、nomenaが受賞に至ったのは、匿名的であると同時に利他的かつ発明的でもあるデザインの在り方が強く<今>を感じさせたからである。

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 ●選考経過
 ◇「独自性」甲乙つけがたく
 2024毎日デザイン賞の候補(個人、団体)は、毎日新聞が委託した別掲の調査委員39人から推薦された。今回は以下の24件が候補となった。

 ①赤木明登②安東陽子③五十嵐久枝④we+⑤岡啓輔⑥岡崎智弘⑦川田喜久治⑧菊地敦己⑨木住野彰悟⑩新素材研究所⑪SKWAT⑫Time&Style⑬TeamEIKO(石岡怜子、河尻亨一、永井裕明)⑭土田貴宏⑮中川エリカ⑯長坂常⑰中村圭佑(DAIKEI MILLS)⑱nomena⑲林口砂里⑳廣川玉枝㉑藤森泰司㉒萬代基介㉓宮前義之+A-POC ABLE ISSEY MIYAKEエンジニアリングチーム㉔森永邦彦(ANREALAGE)=50音順

 選考委員会は1月22日、5人の選考委員全員が出席し、東京都内で開催された。選考に入る前に委員はフリートークを行い、昨年のデザイン界の動向を共有し、評価基準の再確認をした。

 第1段階の選考では、事前に各候補者が提出した作品や印刷物等を参照したうえでエントリーシートに沿って映像資料を視聴。推薦理由を基に、独創性や社会的影響などの観点を踏まえて、委員1人につき5件を上限として投票した。

 その結果、票が入ったのは8件。③⑥⑩⑭⑱㉑の6件が複数票を獲得し、⑥と⑱にはそれぞれ4票が集まった。さらに最終選考の候補を絞るために、どの候補に、どういう理由で投票したかを述べる形で具体的な議論に入った。

 意見を交わすなかで、スタンダードなコマ撮りの技法を独自に進化させている⑥と、日々の研究やクリエーターとのコラボレーションから学び続け、前例のないものづくりの可能性に具体的なメカニズムを実装している⑱に圧倒的な評価が集まり、2件で最終選考を行うこととなった。

 最終選考では白熱した議論が行われた。⑥は、マッチ棒を使ったストップモーション・アニメーション作品「Matches」シリーズへの高い支持のほか、「個展での生き生きした展示空間の作り方が素晴らしい」「アニメーションの中での動きに対する強い感覚を持っている」「新しいことをずっとやり続けている」「社会に対して呼びかける視点を持っている」などと評価を受け、⑱に対しては「海外での評価も高い」「テクノロジーを感じさせない」「展覧会タイトルの付け方がうまい」「未来のデザイン界に何かを起こしそうな期待を抱かせる」「他者とのコラボレーションで思いがけない拡張を見せる」などの意見が出た。

 甲乙つけがたく、同時授賞や特別賞授与の可能性も探られたが、最終的に「nomenaの影響力はすでに多方面に広がっている」との見解に賛同が集まり、満票で⑱が大賞に決まった。

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 ●調査委員=敬称略
 筏久美子、石上純也、岩崎一郎、植木啓子、大貫卓也、川上典李子、川島蓉子、川渕恵理子、倉森京子、小池美紀、小泉誠、近藤康夫、佐藤可士和、佐藤卓、重松象平、田中元子、田根剛、土田貴宏、ナガオカケンメイ、中村至男、新見隆、西尾洋一、西沢立衛、橋本優子、服部一成、原研哉、原久子、廣村正彰、深澤直人、堀部安嗣、三澤遥、皆川明、面出薫、本橋弥生、森山明子、矢島進二、矢野直子、山中俊治、横川正紀=敬称略

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 毎日デザイン賞のホームページURL
 https://macs.mainichi.co.jp/design/m/

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 nomena まだ意味のない機械-phenomenal#03
 https://gallery.nomena.co.jp/exhibitions/phenomenal−03

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 ◇nomena(のめな)
 2012年、武井祥平により設立された。工学と美術に関心を持つメンバーが集い、日々の研究や実験、クリエーターやクライアントとの協業を通して得られる多領域の知見を動力にして、前例のないものづくりに取り組み続けている。近年は2021年東京オリンピック聖火台の機構設計や、宇宙航空研究開発機構(JAXA)など研究機関との共同研究に参画している。

連鎖するリズムのコラージュ(セイコーウオッチ株式会社と共作)/おいしいかたち 写真:小川真輝
四角が行く(石川将也、中路景暁と共作)/Strolling 写真:小川真輝
アニマ装置(岡崎智弘、中路景暁と共作) 写真:小川真輝

2025年3月5日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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