ゴッホ「星月夜」をオマージュした飯塚月さんの作品=提供写真

 障害がある人による美術作品は、フランス語で「生の芸術」を意味する「アール・ブリュット」と呼ばれ、既成概念にとらわれない自由な表現が魅力だ。そんな唯一無二の世界観がある作品を手掛け、多くの障害を持つ人たちが活躍するアトリエがある。神奈川県平塚市にある「嬉々!!CREATIVE(キキ・クリエイティブ)」だ。

キキ・クリエイティブ代表の北澤桃子さん

 所属するアーティストは、これまでに生花販売「日比谷花壇」やシューズブランド「LE TALON(ルタロン)」とのコラボレーションのほか、途上国の生産者支援のため適正価格で取引するフェアトレード商品のパッケージデザインなどを手がけてきた。

 ●「得意」が給料に

 アート作品を利用した企業側はライセンス使用料を支払う仕組みで、収益はアーティストに還元される。キキ・クリエイティブ代表の北澤桃子さん(42)は「障害がある人の得意なことの一つに表現活動がある。作品が採用されることで彼らの才能を社会に広め、ライセンス料が給料となることの社会的な意義は大きい」と話す。

 JR平塚駅から約550㍍の立地にあるアトリエを訪ねると、アーティストがそれぞれの作品作りに打ち込んでいた。

キキ・クリエイティブ・ギャラリーカフェの店内


 アトリエの1階には、障害を持つアーティストが手がけた作品が多数展示されているギャラリーもある。併設されたカフェでは、「障害を持つスタッフが、無理をせずに楽しく人と関われるよう、自信を持ってそれぞれの得意分野で力を発揮してほしい」という理由から、接客から調理、コーヒーの抽出まで、さまざまな業務が細分化されていた。

 キキ・クリエイティブは、プロダクトやパッケージのデザインにアート作品を使用したい企業へのライセンス許諾事業を行っている。企業がライセンス使用料を支払うと、工賃や画材費等としてアーティストに還元される仕組みだ。現在は計80人のアーティストが所属している。

 北澤さんは以前、福祉団体に勤務していたころから障害者アートのプロダクト化やライセンス事業を手がけており、作品展示会やギフトショーで、企業に向けてライセンス使用が可能なことをPRしてきた。

 「約20年間この活動を行ってきましたが、まだまだ認知が足りておらず、もっと活動を知ってもらうことが大切だと実感しています。2022年にキキ・クリエイティブを立ち上げ、これまで以上にライセンス事業を伸ばしていきたいと、いろいろ計画しています」

 所属するアーティストの活躍はめざましい。知的障害を伴う自閉症の山本頼子さん(49)のアートワークは、日比谷花壇の母の日フェアの広告などに採用された。またルタロンとのコラボレーションでは、シューズやバッグなどのデザインにも使用された。

キキ・クリエイティブに所属する山本頼子さん=杉田寿子撮影

 山本さんが得意とするのは、花など植物をモチーフにしたもので、水彩ペンをぼかす技法で柔らかく優しい印象を与える作風だ。

 ●売り上げ倍増

 フェアトレード商品を販売する「第3世界ショップ」のチョコレートや紅茶のパッケージにも、所属するアーティストの作品が採用された。

 第3世界ショップを運営するプレス・オールターナティブの山崎恵さんは「『障害がある人が描いているから福祉に貢献している』ではなく、世界に一つしかないとびきりすてきな作品を描くアーティストだからこそ、一緒にブランドを作り上げることができました」と強調する。

 実際、板チョコレートの売り上げは、以前に比べて2倍にアップ。カラフルでかわいらしいパッケージはギフトにも好評だ。

板チョコレートのパッケージに所属アーティストのイラストが使用されている=杉田寿子撮影

 山崎さんは「他にはない世界観を持ったポップでキュートなアートワークとのコラボレーションにより、商品を置いてくれるお店が増えました。まっすぐなエネルギーがあふれた素晴らしい作品のおかげで、雑誌の取材なども増え、新しいお客様の獲得につながっています」と話す。

 発達障害があり、花と金魚をモチーフにした作品を数多く手がける飯塚月(るな)さん(27)は「自分が手がけた作品が商品化されれば、多くの人に見てもらえる。商品を通じて自分の存在を知ってもらえることがうれしい」と話す。

 代表の北澤さんは「月ちゃんは抜群のセンスで研究熱心。人生の葛藤の中で画家として作品を極め、自分のテーマを築き上げてきた」と飯塚さんを高く評価する。

 一方、飯塚さんは「適材適所を見極めて、一人一人にあった仕事を提案してくれる」と、北澤さんに大きな信頼を寄せる。

 「ここに集う人たちは、みんな優しい。絵だけではなく、一人一人の性格や個性が違って、すごく居心地がいい。来るたびにとてもいい刺激を受けている」。飯塚さんは自分にとってのアトリエの存在をそう表現した。

 ●資金不足が課題

 所属アーティストにとってはなくてはならない「場所」となったアトリエだが、維持するための資金不足が常に課題として存在している。大きな作品を保管できるスペースも足りないという。

 北澤さんは、活動に賛同して、倉庫や制作スペースを提供してくれる企業などを探しているほか、仕事(ライセンス)のオファーを増やすために営業も強化していく考えだ。

 「障害者アートの魅力を全国に発信することで、障害の有無を超えて、出会った人に希望の光をもたらしたい」

2025年3月4日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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