「Hainuwele」の展示=高橋咲子撮影

【ART】
交差する歴史・神話・現在
東京・初台で今津景展

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

現代美術

 展覧会名の「タナ・アイル」は、インドネシア語で故郷のこと。今津景(けい)さんがジャワ島・バンドンに移住して得た変化は何をもたらしたのか。

 今津さんは1980年、山口県生まれ。さまざまなメディアから得たイメージをコンピューターで加工し、それを基に歴史までも照射するような壮大な世界を油彩で描いてきた。美術館初の大規模個展である本展では、インスタレーション的展開を交えながら、インドネシアの神話や社会問題、植民地主義の歴史に目を向けた。

 薄いピンク色で彩られた大空間。ゲートのしつらえをくぐって一番奥にあるのは、縦3・5㍍、横8㍍の油彩「Hainuwele」(2023年)だ。セラム島に伝わるハイヌウェレの神話から着想を得た。特殊な能力を持つ女性が男性たちから異物として殺され、埋められた身体から、国民食だったタロイモなどの根茎類が生まれた、というものだ。

 画面には、切断された手や頭蓋骨(ずがいこつ)、ココナツが奥底から飛び出し浮遊するようなイメージが描かれる。この展示室では、神話に加え、自身が体験した現地での出産、若桑みどりの著書『女性画家列伝』が記すような女性作家のキャリアの困難さ、ハイヌウェレのように外国人女性として暮らすこと--が、絵画だけでなく動植物や骨などのオブジェと共に混然一体となって迫ってくる。

ハイヌウェレの神話のように、ゲートを設けた空間=高橋咲子撮影

 17年に滞在制作で訪れ、夫との出会いを経て拠点とするようになったこの地について今津さんは「自分が足りないぞ」と思うくらい刺激を受けていると話す。本展では、日本やオランダの統治下に置かれた歴史や、環境問題などについてもリサーチを重ね、生活者の実感を込めてイメージを膨らませた。

 インドネシアではアーティストコミュニティーが散在し、助け合いながら活動する環境が整っているという。子育てをしながらでも「信じられないくらい」制作しやすく、周囲に鉄や木工などの制作者がいることで、メディアの広がりにもつながっている、と話す。

 「タナ」「アイル」はそれぞれ土と水のことだという。地に足を着けて生きる今津さんの、故郷が生まれる過程がそこにあるのだろう。「今津景 タナ・アイル」は東京・初台の東京オペラシティ・アートギャラリーで23日まで。

2025年3月3日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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