
慈しむように表面をなでていた男性は、おもむろに開口部に顔をうずめると、息を吹き入れた。その横を、ほこらのような岩のような、はたまた大きな人のような二つの塊がゆっくり通り過ぎていく。男女が押して動かしているのだが、塊に身を預け、ひとつになっているようにも見える。古い広場の真ん中に立つモニュメントにふらりと集まるように、腰掛けた男女が思い思いに息を吹き込むと、高い音と低い音が層になって空間を包んだ。
2月1日、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県)で開催中の「西條茜(あかね)展 ダブル・タッチ」で、5人の男女と展示作品によるパフォーマンスが行われた。グロテスクにも見えるのに、思わず触れたくなる有機的な造形。人とものが交わるパフォーマンス。西條茜さんは、陶芸の新たな世界をひらく表現で注目される、気鋭の作家だ。2022年には、若手作家を対象にした同館の公募展「ミモカアイ」で第1回大賞を受賞。約2年の準備期間を経て、新作のみで構成した記念の個展に臨んでいる。

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人は母親の胎内にいる時から自らの体に触れ、触れている感覚と触れられている感覚の両方を通して、自らが形ある存在であると知っていくという。そのことを指す「ダブル・タッチ」を展覧会タイトルに据えた。「身体性」をキーワードに制作してきた西條さんが、「自分の創作の核とつながるところがある」と感じた言葉だという。
1989年、兵庫県西宮市生まれ。京都市立芸術大の工芸科で陶芸と出会った。手で直接触れて作ることが楽しくて、大きな作品にも挑戦。「自分の体を動かして何かを作っていると、生きていることが実感できた」。一方、表面だけを装飾し、中は空洞の陶芸を「うそっぽく」感じることもあった。
卒業後、陶芸を一度離れようと留学。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザインを専攻したが、面白いとは感じられなかった。「作る中で何かを考え、考えたことに対して誰かがまた何かを思ってくれる。そういうことがしたい」。手で迷い、考えながら作る陶芸が自分には合っている。そう気付き、改めて陶芸に向き合った。
掘り下げたのが、「虚構」と見えたこともあった中空構造だ。学生時代、焼き物と人間の身体に共通点を感じていた。子どもの頃、医師の父が家で見ていた内視鏡映像と、焼き物の中の空洞がつながったのだという。パリでの滞在制作でリサーチした16世紀の作家が、風で音が鳴る仕掛けの陶製の洞窟を作っていたと知ったことも、着想源になった。
息を吹き込むことで、人と焼き物がつながる--。「身体の拡張」をイメージしたホルンのような形の作品「コキイユ-Coquille-」(19年)で、初めてパフォーマンスを行った。花の蜜に吸い寄せられる生き物のように、複数のパフォーマーと交わる「Phantom Body-蜜と泉-」(22年)は、ミモカアイ大賞に選ばれた。
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コロナ禍を経て、誰もが人と「触れ合う」ことをためらうと同時に、強く求めるようにもなった。「惑星」(24年)には三つの開口部が並び、パフォーマー3人は顔を密着させて息を吹き込むことになる。銭湯で小さな湯船に入っていたら、「知らないおばあちゃん2人も入ってきて、ぎゅうぎゅうになった」。一瞬ぎょっとした後、こみ上げるおかしさ。そんな実体験から生まれた作品だ。

「The Melting Laborers♯1-3」(24年)では、「身体の拡張」の新境地を見せている。テーマは「運搬」。100㌔や200㌔の粘土を使う制作では、日常的に重いものを運ぶ。力を伝えやすい体の使い方を考えたり、複数人で協力したり。ゆっくりと運ぶ中で、体とものが「対等な関係」になる瞬間もあるという。人とつながることを想定して作られた作品は、それ自体が人のようにも見え、遠い昔からそこにあったようなたたずまいで会場に並ぶ。

陶芸は「思い通りにならないこともたくさんあるし、不確定な要素がすごく多いから怖いけど、面白い」。デジタルネーティブと言われる世代。だけど、なのか、だから、なのか。「ここにあるのが絶対に本当のことだから。本当のことが見たいんです」という。30日まで。全館で西條さんの創作に呼応した企画を展開し、他の展示室では猪熊弦一郎の30代ごろまでの作品や立体作品を特集する。

2025年3月3日 毎日新聞・東京夕刊 掲載