坂本龍一×岩井俊雄「Music Plays Images X Images Play Music」1996–97/2024 ©2024 KAB Inc. 撮影・丸尾隆一

【ART】
音を見る 時超える挑戦
坂本龍一展 東京都現代美術館

文:小松やしほ(毎日新聞記者)

現代美術

 不可能なことも突き詰めていけば可能になる--。そんなことをふと思った。2023年に死去した音楽家、坂本龍一さんのインスタレーション作品を紹介する「坂本龍一-音を視(み)る時を聴く」が東京都現代美術館で開催されている。坂本さんが追求したという音楽の可能性を、展示室という空間で示してみせる。

 展覧会タイトルは、1982年に刊行された、哲学者の大森荘蔵さんと坂本さんの対談集『音を視る、時を聴く[哲学講義]』(朝日出版社)に由来する。音楽家としての功績があまりにも大きいため、一般的にはなじみが薄いかもしれないが、00年代以降、坂本さんはさまざまなアーティストとの協働を通して、音を展示空間に立体的に設置する試みを、美術館や芸術祭というアートの場での作品発表という形で意欲的に行ってきた。

 音や時間への関心は、その創作活動に通底するものであり、ゲストキュレーターを務めた難波祐子さんは「坂本さんのインスタレーション作品は、一貫して音を立体的に展示空間に設置するという実践と、時間概念への疑念と関心を反映している」という。

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 照明を落とした薄暗い通路を抜けると、視界が開ける。部屋いっぱいに広がる三つの大画面の手前には薄く水を張った水盤。最初の展示室では、高谷史郎さんとのコラボレーションによる「TIME TIME」(24年)が紹介される。21年初演の舞台作品「TIME」を基に、本展のために新たに制作された作品で、笙(しょう)奏者の宮田まゆみさんの映像を新しく撮り下ろし、同作に出演したダンサー、田中泯さんの映像などを組み合わせ構成されている。

 笙を奏でながら画面を横切っていく女性、水を渡ろうと飛び石を置く年老いた男性、波や雑踏、雨、森……。場面は次々と移り変わり、静かに能「邯鄲(かんたん)」の物語が語られる。インスタレーションには始まりも終わりもなく、徐々に時間の感覚が拭い去られていくような不思議な感覚に陥る。

 「water state 1」(13年)も水盤を使った作品だ。気象衛星から抽出した、会場を含む地域の降水量データを用い、天井の装置から水盤に雨を降らせる。時間の経過に合わせ、音と照明は微妙に変化し、水盤の上に広がる波紋も異なる表情を見せる。

坂本龍一+高谷史郎「water state 1」2013 撮影・山本倫子

 次の部屋で、水盤の上にひっそりと置かれているのは、東日本大震災で被災した宮城県農業高校のピアノだ。被災した楽器の修理支援を行っていた坂本さんは、そのピアノを試し弾きし、大きく狂った音色を「自然によって調律された」ととらえ、「IS YOUR TIME」(17/24年)という作品に昇華させた。自動演奏装置を取り付けられたピアノは、世界各地の地震データに連動して時折、音を鳴らす。

坂本龍一with高谷史郎「IS YOUR TIME」2017/2024 ©2024 KAB Inc. 撮影・福永一夫

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 水や霧は、坂本さんと高谷さんのインスタレーションで繰り返し登場する重要な要素だという。「LIFE–fluid, invisible, inaudible…」(07年)は、99年初演のオペラ「LIFE」をインスタレーションとして再構築した。天井からつり下げられた9個の水槽の中に霧を発生させ、足元に映像を投影する。映し出されるのは幾何学的な模様だったり、波紋だったり、どこかの景色だったり。ゆらゆらと揺らぎながら、変化していく。さながら水中から見上げているよう。

坂本龍一+高谷史郎「LIFE–fluid, invisible, inaudible…」2007©202 KAB Inc. 撮影・浅野豪

 霧は屋外に展示されている高谷さん、中谷芙二子さんとの協働作「LIFE–WELL TOKYO霧の彫刻#47662」(24年)にも使われる。立ち込める霧に包まれ、隣の人さえ見えなくなる。聞こえるのは音だけ。雲の中に迷い込んだかのような真っ白な世界に思わず足がすくむ。

 テクノロジーの力に感じ入ったのは岩井俊雄さんとのコラボレーション作品「Music Play Images X Images Play Music」(96~97/24年)。96年に水戸芸術館で初演された音楽と映像のパフォーマンスをインスタレーションとしてよみがえらせた。坂本さんの演奏データが、岩井さんのプログラムによって瞬時に映像化され、スクリーンに映し出される。少し背を丸め、前かがみの姿勢でピアノを弾く坂本さんの姿は正面のガラスパネルにも投影され、その指先から、音が光の帯となって天空へ伸びていく。故人がよみがえったかのような映像はどこかはかなげで、澄んだピアノの音色と相まって、切ないまでに美しい。音は確かに見えるのだと思わせる。

 時間の存在を忘れ、音を体で感じる、そんな経験ができる。3月30日まで。

創作の軌跡をたどるアーカイブの展示風景 撮影・小松やしほ

2025年2月17日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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