
同じ作者の、同じく風景を描いた絵なのに、受け取る印象はまるで違う。一人の作家が活動を長く続けるからこそ生まれた変化であり、豊かさだろう。
小西真奈さん(1968年生まれ)は米国の美大で学んだ後、2006年に若手作家の登竜門VOCA展で最高賞を受賞。多くの人の心を捉えた。初の美術館大規模個展となった本展は、大きくわけて三つのパートで構成され、うち一部屋はそのころの絵を紹介する。
大画面に精緻に描かれるのは、阿蘇(熊本)や金華山(宮城)といった景勝地の雄大な風景。対比するように表情の見えない人が描かれる。実在の風景のはずなのに、虚構の世界のような静けさがある。
当時も今も、撮った写真をもとに描くといい、写真のなかの風景と記憶の風景との交差が、絵に複雑な層をつくっている。
「人物を置くためのステージのような場所を一生懸命探すうちに、だんだんダイナミックな風景を選ぶようになったんです」と、小西さんは言う。ただ、そんな風景を求めて各地を訪れるのは大変な作業でもあった。子育てやコロナ禍で行動が制限されるなか出会ったのが、プールのある庭をさまざまな試みで描いたアメリカ人作家、ジェニファー・バートレットだった。「『すごい場所』でなくても面白い絵は描けると気づきました」
メインのスペースには、21~24年の作品が並ぶ。「小さい部屋で描いているので、小さい絵になる」と話し、身近な自然を描いたものが多い。
近作の風景画に顕著なのは、躍動する筆触や、鮮やかな色。特に植物公園の温室を描いたシリーズが魅力的だ。色面と温室の格子様の構造物が一体化し、抽象的でもあるのに、作者の感興が伝わってくる。木漏れ日や、水面の揺らぎがみせる風景の変化、つまり動く自然に目を留めていて、時が止まったかのような景勝地の風景画とは対照的だ。
展覧会名は「Wherever」。非現実的なかつての「どこでもないような場所」からとったという。加えて「どこでも描ける」という小西さんの今を表している。東京・府中市美術館で24日まで。

2025年2月3日 毎日新聞・東京夕刊 掲載