草間彌生さんのインスタレーション「無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の永遠の無限の光」(2020年)=小松やしほ撮影

【ART】
印象派から現代アート
神奈川・箱根で企画展

文:小松やしほ(毎日新聞記者)

現代美術

 ◇今、ここにある本物の色

 世界は色彩に満ちている。最新のモニターやスマートフォンでは10億色を超える色の再現力があるとも言われているそうだ。私たちは現実世界の色より、画面を通した、いわば「仮想の色」に慣れつつあるのではないか--。そんな時代を再考すべく、色をテーマにした展覧会「カラーズ-色の秘密にせまる 印象派から現代アートへ」がポーラ美術館(神奈川県箱根町)で開かれている。

 ガラスの天窓から日差しが降り注ぐ中、エスカレーターを降りていく。第1会場は同館がコレクションするモネやルノワール、ゴッホ、マティス、レオナール・フジタらの作品で構成される。

 プロローグで待つのは、「光を絵の具として使った新しい絵」と自ら評した杉本博司さんの「Opticks」シリーズ。プリズムによる分光装置を透過した光のスペクトルをインスタントカメラで撮影。そのプリントをスキャンし、色調を調整しながら拡大している。光とは、こんなにも美しく繊細なグラデーションを持つのかと、改めて驚く。

■  ■

 第1部「光と色の実験」では、10のテーマに分け作品を展示している。「印象派-光をとらえるために」では、ドラクロワ、モネ、ルノワール、モリゾの作品が並ぶ。類似色の調和や補色といった色彩理論は19世紀以降、画家たちの制作に大きな影響を与えたという。ドラクロワの「ペルシアの王の贈り物を拒絶するヒッポクラテス」(1830年代ごろ)や、モネの「バラ色のボート」(90年)では補色の赤と緑を効果的に使って画面を構成していることがよく分かる。

 「隠された、色彩-ピカソとフジタ」では最新の科学的分析により発見された色に焦点を当て、ピカソの「青の時代」の絵画「海辺の母子像」(1902年)と、フジタの「ベッドの上の裸婦と犬」(21年)など3作を展示。続く「重なりとにじみ-形のない色」「色彩の共鳴」などのセクションでは、ポーリング(流し込み)やドリッピング(たらし)、ステイニング(染み込み)といった技法を用いて制作した、ルイス、フランケンサーラーといった戦後アメリカの抽象表現主義の作家の絵画が並ぶ。

■  ■

 第2部「色彩の現在」では現在、国内や世界で活躍するアーティストたちの作品が紹介されている。「本物の色を追求していると感じられる作家さんたちを選ばせていただいた」と担当学芸員の内呂博之さん。坂本夏子さん、グオリャン・タンさん、川人綾さん、小泉智貴さん、山本太郎さんら14人が出品した。

ファッションデザイナーとして参加した小泉智貴さんの「Infinity」(2024年)。オーガンジーをパッチワークのように縫い合わせている=小松やしほ撮影

 「色彩の画家」と呼ばれる流麻二果さんは、歴史上の画家たちの色彩を追体験するように、彼らの絵画に使われている色を再構成して「色の跡」シリーズを発展させた「女性作家の色の跡」を展示した。「男性優位の日本の美術史の中で、名を残せなかったけれども、時代が変わればきっと評価されただろうと思う作家を見つけ、その女性はどんな環境にあって、どんなことを考えていたんだろうと想像しながら色を重ねています」と流さん。

流麻二果さんの「色の跡:波多野華涯」(2024年)=左=は、波多野華涯「玉蘭海棠図(ぎょくらんかいどうず)」(1921年)=右=に使われている色を塗り重ねている 小松やしほ撮影

 門田光雅さんの作品は鮮烈な色彩とダイナミックな筆致で、抽象ながらどこか大きな波や切り立った崖を想起させる。門田さんは「海のそばで育ったので、そういうイメージが出てくるのかもしれません。色彩の揺らぎだったり、響き合いだったり、一つ一つの色の一番いい、その瞬間をとどめたいという思いで制作しています」と語る。本展では、1人掛けのソファにペインティングを施した初めての立体作品にも挑戦した。

大胆な筆致で色をのせた門田光雅さんの作品=小松やしほ撮影

 陶芸家の伊藤秀人さんは、青磁を平面作品にした。一つ一つ微妙な色彩や貫入の違いを絵画のように楽しめる。貫入は緩やかに半年ほどは増え続けるといい、壁のQRコードを読み込むと、その音を聞くことができる。「時とともに少しずつ変わる表情や、色彩への没入感を味わってほしい」と伊藤さん。

青磁を平面に焼き出した伊藤秀人さんの作品=小松やしほ撮影

 展示を締めくくるのは草間彌生さんのインスタレーション「無限の鏡の間-求道の輝く宇宙の永遠の無限の光」(2020年)。色とりどりに点滅するカラフルな球体が鏡の効果で無限の広がりを見せる空間で、まさに色の中を浮遊している感覚にとらわれる。体で色を感じ、そこにその色がある意味を考えさせられた。5月18日まで。

2025年1月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする