
土地や場所にまつわる歴史から大衆的な話題まで幅広い出来事を着想の原点に、ナラティブ(物語)を持つ作品を手掛けてきた田村友一郎さん(1977年生まれ)は、常日ごろから制作しているタイプのアーティストではない。制作や出展の依頼が来た時にそのテーマに合わせて作品を制作する〝受注型〟なのだという。水戸市の水戸芸術館で開催中の「田村友一郎 ATM」展は、水戸市をモチーフに新作を--というオファーから始まった。
田村さんが同市をリサーチし、着想したのが「ATM」だ。同館の英語名(アート・タワー・ミト)の略称であり、多くの人が思い浮かべるであろう現金自動受払機(オートメーテッド・テラー・マシン)の略称でもある。テラーは銀行の窓口や出納係であり、物語を語る人の意味もある。
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最初の展示室は、がらんとした白く無機質な空間だった。奥の方にぽつんと銀色の機械が置かれ、左側の壁には黒い長方形が描かれている。近づけばAAAからAZZまで、Aで始まるアルファベット3文字の列が縦横26個ずつ並んでいる。海外のATMに似た機械には、任意のアルファベット3文字を入力するようになっている。試しにATMと入れると、紙がぺろっと出てきた。印刷されていたのは<アムステルダムの~/哲学者としての~/むせかえる湿度の中で~>という物語のような三つの文章。英訳もある。驚くのは、日本語と英語、どちらの文章も最初の文字がATMになっていることだ。
実はこれは生成AIの仕業だ。田村さんが過去の作品で用いたテキストの中から300語ほどをAIに覚えさせると、AIはそれを基に三つの文章を考えた上で、一つの物語につなげる。さらにそれを英訳して文頭のイニシャルをそろえてくる。同じ3文字を入れても二度と同じテキストは出てこないという。ただ、この〝種明かし〟が分かるのは後のこと。展示室には配布資料はもちろん、解説もなく作品名すらどこにもない。

とりあえず、AとくればBだろうと見当をつけながら次の展示室へ。まず目に入ったのは車だ。BMWである。フロントガラスのひび割れが宇宙の星々に見立てられている。近くの壁にはBからの3文字列。見渡せばバッグがあり、ボンドガールの写真がある。この一角はBに関係する作品が展示されていると確信する。だんだん展示物に3文字列を当てはめるのが楽しくなってきた。
ところが、Bの隣はCと思いきや、なぜかNからの3文字列なのである。いぶかしみつつ、作品にN(との関係)を探す。お菓子のおまけのようなシールには「ヌエ」の文字。プロジェクターはNEC社製で、スニーカーのブランドはニューバランスだ。
いくら考えても思いつかないものもある。例えば、竹下登元首相など主要各国の首脳の顔をかたどった陶磁。他にも、Gにあるバナナの写真。Zの近くのベッド。Uのコーナーのトム・クルーズさんの写真など。

疑問を抱えつつ先へ進めば、バックヤードのようなスペースに入り込む。両側のスチール棚には所狭しと積まれた、ガラクタなのか作品なのかよく分からない品々。順路を間違えたのかと一瞬、戸惑うが、物品の間に3文字列を見つけ、ここも展示室なのだと安心する。さらに奥へ進むと、薄暗い、銀行の受付ロビーのような空間に出た。窓口カウンターが設置されている。「Y、B、S」「C、I、A」……アルファベット3文字が読み上げられ、モニターがそれを映し出す。意味の分かる3文字もあれば、知らないものもある。ここで鑑賞者はようやく作品解説を手に入れることができる。

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「本展はATMという一つのインスタレーションでありながらも、田村さんの過去の作品を集めた回顧展になっています」と担当学芸員の井関悠さん。「ただ完成形としての作品ではなく、断片化された作品の一部が展示されており、展示場所を決めるのがアルファベットなのです」
3文字の組み合わせは1万7576通り。だが、それが持つ意味は無限の広がりをはらむ。ATMが現金自動受払機であり、水戸芸術館であり、田村さんの新作であり、「語る機械」であるように。そして「ATM」(2024年)は、何でも3文字で表してしまう現代社会への皮肉でもある。
展示の締めくくりはR。解説を読んだ後、戻って(RTN)最初から見るもよし、逆行(REV)するもよし。最後まで仕掛けに富んでいる。26日まで。
2025年1月20日 毎日新聞・東京夕刊 掲載