一人死んでいった父の家を息子が訪ねる。とらえどころのない父の、その家は「精神の内実が(中略)はからずも露出している」ようだった。寝室で見つけた何百枚かの写真。ポール・オースターの小説「見えない人間の肖像」(柴田元幸訳『孤独の発明』)で、遺品から父の存在を確かめようとする主人公は、写真に「死がけっして入り込むことのできない宇宙」をみとめるのだった。
アレック・ソスの写真も、ある瞬間のある人の気配が濃厚に漂っていて、それは細部にこそ宿っている。初期の代表作「Sleeping by the Mississippi」のさまざまな住居の一室を撮った写真(2002年)の、大判カメラで捉えた薄いブルーの壁。無人の部屋の床の隅を見ると、砂のようなものが散らばっている。あるいは下着一枚で写るマッチョな男性と、愛らしく整えられた室内のちょっとした違和感。部屋の主がいてもいなくても、その人がつくった小さな世界が描き出されている。
ソスは1969年、米国ミネソタ生まれ。旅をしながら撮影するロードトリップのスタイルで知られるが、本展は、「部屋」に着目して初期から最新作までを小さな六つの部屋で構成した。
たとえ喧騒(けんそう)のなかにあっても持ちうる、自分だけの孤独な世界。ときに、刹那(せつな)的でちゅうぶらりんな印象を与える写真は、舞踏家や小説家らの居所で撮影した「I Know How Furiously Your Heart is Beating」(17~18年)では、姿を変える。窓から自然光が差し込み、内と外の世界が穏やかに交差する。被写体はくつろぎ、そこに根ざして見える。
最新作の「Advice for Young Artists」(23~24年)では、2枚の「Still Life」に目が留まる。無造作に置かれた美術学校のデッサン用石こう像が、写真のなかで奇妙な奥行きで並ぶ。自宅に堆積(たいせき)したあれこれが、その人そのものでもあるように、代替可能な存在の石こう像も、ある種の精神を持ち始めたように存在する。
『孤独の発明』では、さまざまな部屋が登場し、そのなかで登場人物はいつも孤独だ。本展でも鑑賞者は1人で写真と向き合うが、小さな部屋に守られて、安心して孤独やさみしさに浸ることができる。「アレック・ソス 部屋についての部屋」展は、東京都写真美術館で19日まで。
2025年1月6日 毎日新聞・東京夕刊 掲載