長い間、日本では写真表現がカメラ産業や印刷文化と結びつき、独特の発展を遂げた。その結果、ユニークで質の高い写真文化が生まれ、「日本写真」は世界的に高い評価を受けてきた。東京国立近代美術館で開催された「中平卓馬 火-氾濫」は、作品と理論の両面で日本の現代写真に大きな影響力をもった中平卓馬の軌跡を辿(たど)った。
ただし「日本写真」をめぐる言説の大半が、日本社会におけるジェンダーギャップ(男女格差)を反映し、男性を偏重してきたことは否定し難い。その状況下で先駆的な女性写真家として活躍する石内都が、今年「ウーマン・イン・モーション」フォトグラフィー・アワードを受賞した。
フランスのアルル写真祭で開かれた授賞式のスピーチで、石内は「この賞は私だけのものではなく、日本の女性写真家の代表として、今私はここにいると思います」と述べた。実際、日本には素晴らしい才能をもつ女性の写真家が大勢いるにもかかわらず、大半が十分に評価されてこなかった。今年、1950年代から今日に至る日本の女性写真家を紹介する国際版書籍『I'm So Happy You Are Here』が刊行され、同名の国際巡回展がアルル写真祭でスタートした。これほど大規模に日本の女性写真家を紹介する機会は国内外でも初めてのことだ。
「T3 Photo Festival Tokyo」(東京)では、女性写真家6名による展覧会「Alternative Visions」が開催された。半世紀前に米ニューヨーク近代美術館で開催された記念碑的な日本写真展の出品作家15人全員が男性だったことから、当時ありえた別の展示の姿を提示するという示唆的な取り組みだった。
このような変化の背景には、近年における価値の多様化がある。それはセクシュアリティー、人種、国籍などにも及ぶ。第48回木村伊兵衛写真賞を受賞した金仁淑(キムインスク)も、移民や地域のコミュニティーにおける具体的な問題を通し、多様な個性を見つめ続けてきた。
そのような変化の一方で、他者を排除したり威圧したりするような、極端な言説や暴力に出くわすことも多い。だからこそ、この混沌(こんとん)とした世界のありようをしっかり見つめる必要があるだろう。第43回土門拳賞を受賞した石川真生は、70年代から沖縄に生きる人々に密着し、迫真的な作品を撮影してきた。沖縄在住者として初、女性として3人目の受賞である。東京・写大ギャラリーで開催中の阿波根昌鴻写真展「人間の住んでいる島」も、戦後の強制的土地接収などで揺れる沖縄・伊江島の日々を記録した貴重な写真を紹介した。吹き荒れる暴力の中、阿波根はカメラで非暴力の抵抗を続け、のちに「沖縄のガンジー」と呼ばれた。
ソーシャルネットワーク上などで人々の憎悪を煽(あお)る言葉が蔓延(まんえん)し、世界の戦禍が拡大する今、一筋の希望の光を失わないためにもこうした写真家たちの粘り強い歩みから私たちが学ぶものは大きい。
今年鬼籍に入った写真家に、著名人の肖像などで知られる篠山紀信、エッセイストとしても知られる武田花、フォトジャーナリストの吉田ルイ子、戦後日本の写真界を牽引(けんいん)した細江英公がいる。
2024年12月19日 毎日新聞・東京夕刊 掲載