松任谷由実さんの新曲「小鳥曜日」が流れる空間=小松やしほ撮影

 荒川ナッシュ医(えい)さんはパフォーマンス・アーティストである。つまり荒川さんのアートとは、自身が直接何らかのアクション(パフォーマンス)を行うものであり、絵画や彫刻とは異なり、静かに展示されるものではない。東京・六本木の国立新美術館では、そんな荒川さんの国内初の美術館での個展「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」が開催されている。美術館に〝展示〟されるパフォーマンスアートとは--。

 展示室に足を踏み入れて驚く。天井まで届く大きな白いパネルが斜めに設置されている。展示作品、ではない(と思う)。会場図とスケジュール表が書かれている。本展では荒川さん本人による展覧会ツアーやライブ・パフォーマンスが企画されているのだ。一般的な展覧会とはちょっと違うぞと、わくわくさせる。

 足元に視線を移せば、床に何やら子どもが描いたような絵や文字が。落書き?と一瞬思うが、れっきとした作品である。2021年にロンドンのテート・モダンで発表された「メガどうぞご自由にお描きください」という参加型インスタレーションだ。会期中の毎日曜日、来館者が自由に美術館の床に絵を描ける。タイトルは、前衛芸術家集団「具体美術協会」を立ち上げた吉原治良(じろう)の作品「どうぞご自由にお描きください」(1956年)へのオマージュ。広々とした空間には吉原の作品のほか、同じ具体のメンバーだった田中敦子や白髪富士子の作品も展示されている。

「メガどうぞご自由にお描きください」の展示風景より、美術館の床に描かれた来館者の絵=小松やしほ撮影

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 77年、福島県いわき市に生まれた荒川さんは、98年に米国に渡り、00年代から国際展などでパフォーマンスアートを発表してきた。荒川さんのアートは、さまざまな作家との協働で生まれる。本展でも、20世紀から現代の20人を超える画家の作品が展示される。それぞれの絵画を、荒川さんは「ポップスター」とみなした。本展タイトルのゆえんだ。

 「絵画と子育て」のセクションには「全て子育てしている画家の作品」が並ぶ。同性婚をしている荒川さんも、卵子提供と代理出産で双子の「ゲイパパ」になる予定で、出産予定日の今月30日までのカウントダウンやエコー映像も展示されている。子どもの夜泣きで寝不足の父親の姿を描いた「睡眠不足1」(トレバー・シミズ、16年)は壮絶。顔を覆う太いグレーの線に、一睡もできず疲弊しきって身も心もぼろぼろなさまが凝縮されているよう。育児の過酷さは想像に難くない。

トレバー・シミズさんの「睡眠不足1」(2016年)=小松やしほ撮影

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 「絵画と音楽」のセクションは、見どころの一つだろう。アンリ・マティスが好きだという松任谷由実さんが本展のため書き下ろした新曲「小鳥曜日」。その切ないメロディーと、3点のマティスのドローイング、夫で音楽プロデューサーの正隆さんの枯れ木のインスタレーションを一つの空間で体感できる。このセクションではオノ・ヨーコさんや丸木俊、デビッド・メダラの作品に触発された楽曲など計4曲が、ローテーションで空間を彩る。「絵画が歌う」というコンセプトは成功し、絵画を〝耳で楽しむ〟感覚が味わえる。

 絵画と公園▽絵画と教育▽絵画と即興--九つに分けられたセクションタイトルはすべて「絵画と○○」となっている。さまざまなポップスターとの協演が、パフォーマンスアートを〝展示する〟一つの手法なのかもしれない。「パッケージされた展覧会とは違った、生きた芸術をお届けしようと思っています」と荒川さん。その言葉のように、空間に没入し絵画を体験できる感覚が楽しい。入場無料というのも、開かれた展覧会というありようが感じられる。16日まで。

作品の解説をする荒川ナッシュ医さん=小松やしほ撮影

 ◇国立新美術館、来春展へCF

 国立新美術館は来年3月19日開幕の展覧会「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」の開催費用の一部に充てることを目的に、クラウドファンディング(CF)を行っている。1000万円を目標に来年1月31日まで支援を募る。

 同展では、20世紀に始まった住宅を巡る革新的な試みを素材や調度、ランドスケープといった七つの観点から再考し、ル・コルビュジエの建築など傑作とされる14邸を中心に多角的に検証する。

 「大きな見どころ」は、近代建築の三大巨匠の一人でもある、ルートビヒ・ミース・ファン・デル・ローエの未完プロジェクト「ロー・ハウス」。天井高8㍍の空間に原寸大(幅16・4㍍、奥行き16・4㍍)で展示する。無料観覧エリアに設置し、支援金は、その内装や借用する家具の輸送などに使用するという。

 CFは目標金額に達成しなくても支援金を受け取れるオールイン方式で行い、返礼品はオリジナルグッズや休館日の館内建築体験など、5000~100万円までの22コース。今後もCFを継続するかどうかは「プロジェクトが終了した際に検討し、最終的に当館を愛して応援していただく方と長期間の関係性を築けるメンバーシップ制度の創出を目指したいと考えています」としている。

2024年12月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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