写し取られた人物や風景は確かにあるのに、輪郭は揺らぎ、背景に淡く溶けているかのようだ。千葉市美術館で開催中の「Nerhol 水平線を捲(めく)る」は、写真と彫刻、平面と立体を行き来し、見る者にその境界を問いかける。
Nerhol(ネルホル)は2007年、グラフィックデザイナーの田中義久さん(1980年生まれ)と彫刻家の飯田竜太さん(81年生まれ)によって結成されたアーティストデュオ。連続写真を印刷し重ね合わせて彫刻するという手法で制作している。
11年に発表された「circle」は、黒い円を印刷した紙を200枚重ね、パターンを変えて彫った。代表作となるポートレートシリーズ初期の作品「Misunderstanding Focus No.001」(12年)は、3分間に200回シャッターを切った連続写真を素材にした。モデルは証明写真のように動かず正面を向いている。しかし完全には静止できないため、一枚一枚の写真には3分間の身体的揺れが写し出される。200枚の写真は3分という時間の重なりであり、その時間を彫り出すことは、見えないものを可視化する行為でもある。
この二つの作品は「積層することと彫ることという、ネルホル独自の表現を確かなものとした重要な作品」と担当学芸員の森啓輔さんは話す。
帰化植物をモチーフとした作品は、人や物の移動が制限された新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を機として生まれた。ネルホルは自らが動かずとも動いていくものに目を向け、さらに今の時間軸ではない、はるか昔に存在していたものや、その場所に積層する歴史をも見つめる。
近年、ネルホルは素材(紙)からつくり出すことに挑戦している。
千葉市内の古い地層から発見され、発芽に成功した世界最古の花とされるオオガハスを和紙の一部に使用した「Seek into Oga lotus」(24年)と、オオガハスをモチーフとした「Nelumbo nucifera」(同)は、本展の見どころのひとつだろう。11月4日まで。
2024年10月28日 毎日新聞・東京夕刊 掲載