1枚の絵がある。腕組みし、椅子に足を組んで座る男性の絵。乳白色の顔はギリシャ彫刻のように彫り深く、その表情は物思いにふけっているようだ。上着の下に着ているのはレオタードのようなものだろうか、腕と脚の赤色が際立っている――。この絵を見て、何を考えるだろう。作品名や作者、創作年などの背景が気になる? それとも「こんな絵が家にあったら」などと夢を抱いたりするだろうか。
アーティゾン美術館(東京都中央区)で開かれている「空間と作品」展は、そんな想像を現実のものとして見せてくれる。美術品の持ち主や、額縁・表装などの「まわり」がどのように生まれ、扱われ、受け継がれてきたかに焦点を当て、そのありようを〝体感〟できる展覧会だ。
くだんの絵画は、パブロ・ピカソの「腕を組んですわるサルタンバンク」(1923年)。世界的ピアニストのウラジーミル・ホロビッツが所有していた。自宅の居間に飾っていたという。そこには2台のグランドピアノも置かれており、客人の前で演奏することもあったとか。展示室には絵の正面に椅子が置かれ、腰かけて鑑賞することができる。ホロビッツは絵を前に何を思ったのか。
円山応挙の襖(ふすま)絵「竹に狗子(くし)波に鴨図襖」(江戸時代、18世紀)は、畳敷きの広間を再現した空間で展示されている。靴を脱いで畳に上がり、間近に見ることができる(現在は「波に鴨図」の方を展示)。ガラス越しではなく、当時の人が見たであろう同じ状況で眺められるのは新鮮で心躍る。
インテリアスタイリストの石井佳苗さんの協力を得て、美術品を現代の暮らしと組み合わせた展示も面白い。食卓をイメージした空間には、エットレ・ソットサスのサイドボードの上にフランソワ・ポンポンのブロンズ像「しゃこ」(11年)がさりげなく置かれ、三岸節子「カーニュ風景」(54年ごろ)や、山口長男「累形」(58年)が壁を彩る。何とすてきな。毎日をこんな空間で過ごせたら、さぞや優雅だろう。美術品の見せ方の提案が光った。10月14日まで。
2024年9月30日 毎日新聞・東京夕刊 掲載