入り口に1枚の名刺がある。20世紀後半のベルギーの芸術家、ジャン=ミッシェル・フォロン(1934~2005年)が実際に使っていたという名刺だ。そこにはフォロンの名前とともに「AGENCE DE VOYAGES IMAGINAIRES(空想旅行エージェンシー)」と記されている。東京ステーションギャラリーで開催されている「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展は、私たちを時空を超えた空想の旅へといざなってくれる。
旅の案内人は、ぶかぶかのコートを羽織り、青い山高帽をかぶった謎の男「リトル・ハット・マン」。彼は1970~80年代にかけて、仏のTVチャンネル「アンテーヌ2」の放送終了時に登場していた。視聴者が眠りにつく前、最後に接する存在であり、フォロンの作品にしばしば、その姿を見せる。彼によって、フォロンが描く不思議の世界へと引き込まれてゆく。
本展の章タイトルには全て「?」がついている。「決まった解釈は用意しないのがフォロン流」。投げかけられた問いを受け止め、自らの頭で考える旅である。
旅人は第1章<あっち・こっち・どっち?>で狂ったようにあちこちを指す矢印に翻弄(ほんろう)され、第2章<なにが聴こえる?>では、世界で起きている出来事に耳を傾ける。水槽の中を魚のように泳ぐミサイルにエサをやる人の手。灼熱(しゃくねつ)の砂漠で手のように枝を伸ばしリトル・ハット・マンに指を向ける枯れ木--。聞こえてくるメッセージは?
3章<なにを話そう?>では、世界人権宣言の挿絵など、世界の「いま」を語る手段として、フォロンが大切にしていたというポスターを紹介。フォロンは生涯に600点以上のポスターを手がけたとされる。
エピローグも「どこへ行こう」という問いになっている。フォロンの約230点に及ぶ作品を巡る旅をしてきた旅人は、きっと答えを見つけられるに違いない。9月23日まで。25年1月11日から名古屋市美術館、4月5日から大阪のあべのハルカス美術館に巡回する。
2024年8月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載