ブラジルの集団MAHKUが先住民の神話で彩った中央パビリオン
ブラジルの集団MAHKUが先住民の神話で彩った中央パビリオン

 世界で最も長い歴史を持つ国際美術展、ベネチア・ビエンナーレの第60回展がイタリアで開催されている(11月24日まで)。国際企画展には、初のラテンアメリカ人、アドリアーノ・ペドロサをキュレーターに迎え、西洋中心主義からの脱却をいっそう高らかにうたい上げていた。

 ペドロサは、先住民や移民が多く住むブラジル生まれで、サンパウロ美術館の芸術監督を務める。国際企画展のタイトル「Foreigners Everywhere」は、「どこにでもいる外国人」「どこにいても(あなたは)外国人」の二つの意味を含み、社会や美術において周縁に置かれた人たちへの共感を示そうとした。

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 全体として目立ったのは先住民の歴史・文化を扱った展示だった。国際企画展ではニュージーランドの先住民族マオリのマタアホ・コレクティブが、国別展示でも先住民の作家、アーチー・ムーアが参加したオーストラリア館が、それぞれ金獅子賞を受賞。中央パビリオンはより象徴的で、アマゾンの先住民族ヤノマミの作家らが、南米の植民地構造をアーカイブで見せる展示と共に紹介されていた。

アーチー・ムーアによるオーストラリア館の展示
アーチー・ムーアによるオーストラリア館の展示

 オーストラリア館では、先住民族の長い歴史が静謐(せいひつ)な空間で可視化されていた。ムーアは、周囲の壁面に何世代にもわたる自らの家系図をチョークで記し、中央には警察に拘束された先住民の死亡事案報告書を整然と積み上げた。口承の伝統を持ち、「正史」から隠されがちな個々の名前を一人ずつ描き出したことは重い意味がある。

 特筆すべきは、展示を主催する組織「クリエーティブ・オーストラリア」が、先住民の文化や知的財産を使用する際の手続きを定め、資金助成の条件としていることだ。組織内には先住民部門も設立予定で、先住民のトップが予算配分もするという。ベネチア・ビエンナーレに限らず、近年は先住民の文化を取り上げることが多いが、ともすれば特権的なアート業界がそれらを利用することにもなりかねない。オーストラリアのような取り組みがあってこそだろう。

 オランダ館やブラジル館ではプランテーションと収奪、植民地の歴史とミュージアムの関係に光を当て、米国館も初めて先住民の作家が代表を務めた。エジプト館は英国による植民地化をミュージカル調の映像に仕立てて話題を呼んでいた。

中央パビリオンではアウトサイダーアートも多数展示された。中央はAloïse(スイス)の作品
中央パビリオンではアウトサイダーアートも多数展示された。中央はAloïse(スイス)の作品

 国際企画展では、先住民だけでなく、性的少数者の作家、アウトサイダーアーティスト、あるいはグローバルサウス(新興国や途上国)の作家を意識的に取り上げ、初めて見る名前も多かった。それぞれの複雑な背景が十分に示されているとは言いがたかったが、見本市のようになりがちのところを部分的に国別展示が補完していた。

 黒人女性作家が目立った前回展に続き、美術史の問い直しは加速化している。では、自明とされた言説や制度を解体した先に何を見せるのか、今後問われるだろう。イスラエル館は作家らがオープンを拒否、ロシア館はボリビア館に貸し出されていた。

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毛利悠子による日本館の展示
毛利悠子による日本館の展示

 日本館では、毛利悠子(1980年生まれ)が、韓国のイ・スッキョン(マンチェスター大学ウィットワース美術館館長)をキュレーターに迎え、「Compose」展を開催。ささやかな存在からエコシステムを考えさせ、外国メディアや一般客からも注目を集めた。

 展開したのは、駅の水漏れの応急措置からヒントを得た「モレモレ」シリーズと、果物に電極を刺して、腐る過程の水分の変化を電気に変換して用いた「デコンポジション」。計約2カ月ベネチアで滞在制作し、現地で調達した果物やオリーブオイルポットなどの日用品でインスタレーションを即興的にくみ上げた。

 作品のなかで、「水漏れ」は、ポットやホースをつたって、つり下げられたバチを揺らし、バチは朗らかに太鼓をたたく。一方、テーブルの上には、甘い香りを放つリンゴや、果汁がしたたるキウイがあり、そこから生まれた電気が音を鳴らし、電球を光らせる。階下のピロティでは、展示で腐った果物がコンポストに姿を変えつつあった。

 これまで周囲の環境によって反応する彫刻的作品を制作してきたが、今回も天井と床に窓を設けた日本館の特殊な構造を生かして、光はもちろん、風や雨も展示室に招き入れ、いくつもの循環を作っていた。

 展覧会名は「共に置く」という意味もあるという。さまざまな要素が一つの曲のように展示を作り上げるというなら、そこにいた観客も要素の一つに違いない。循環の情景に見入る観客のポジティブな雰囲気が、展示室を明るくしていた。

2024年8月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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