精緻で端麗な花鳥画、特に〝孔雀(くじゃく)の名手〟として名をはせた江戸後期の画家、岡本秋暉(しゅうき)(1807~62年)。生い立ちや交友に触れながら、その画業をたどる本格的な展覧会が千葉市美術館で開催されている。
小田原藩士としての顔も持つ秋暉だが、実はもともと武士の生まれではなく、刀装具を手がける金工家、石黒政美の次男として生を受けた。南蘋(なんぴん)派の大西圭斎に絵を学び、20代で既に絵師として活躍していたという。母方のおばが、時の藩主・大久保忠顕の側室となり子をなしたため、その実家である岡本家が士分に取り立てられ、秋暉が養子に入って同家を継いだ。
おおよそ40歳ごろから作画のピークを迎え、54歳で生涯を終えるまでの花鳥画、特に代名詞ともいえる華麗な孔雀図は見応え十分。47歳の作「孔雀図」は、頭部から首にかけてのうろこ状の羽が金泥で彩られ、飾り羽の部分は茶を基調に群青や緑青を使い鮮やかに描かれている。繊細な羽毛の描き込みには目を見張る。背景には白梅の老木、菊、太湖石といった長寿を祈念する景物が描かれ派手やかだ。
一方「白梅孔雀図」は50歳の作。自然を背景に描かれた孔雀は色調が一段階淡く、羽毛の描き込みも幾分、省略されている。上部の余白を広く取った構図ですっきりと描かれている。さらに制作年は不明だが「渓流孔雀図」になると、背景はかなり細密に描かれ、逆に孔雀の尾羽の描き込みは、さほど細かくなくなる。担当学芸員の松岡まり江さんは「秋暉の孔雀図は、さまざまなバリエーションがあり、それを必要とするほど人気があったことがうかがえる」と解説する。
秋暉は孔雀に限らず鳥が好きだったようで、住まいの近くの小鳥屋に通ってはオウムやインコなど珍しい鳥の生態を観察し、写生を重ねたという逸話も残る。雉(きじ)や鶏、鷲(わし)、燕(つばめ)、雀(すずめ)……多種多様な鳥を描き連ねた「鳥類写生図巻」や「鳥絵手本」は、その修練の成果といえよう。丹念に生き生きと描かれた鳥たちの姿は、飽くことなく眺めていられる。8月25日まで。
2024年7月29日 毎日新聞・東京夕刊 掲載