特別5室の展示ケースの一つ。「足形付土製品」と共に、内藤礼さんの絵や石、大理石の球が置かれる

 東京国立博物館(東博)と美術家・内藤礼さん、異色の組み合わせで展覧会が開かれている。思いも寄らなかった顔合わせだが、内藤さんはこれまで東博の常設展(総合文化展)や特別展などに足を運んできたという。そのなかで心を寄せたのは、縄文時代のもの。それも「生の求めに迫られてつくり出した」ものだという。そんな土製の資料や、1938年に開館した本館の建物との出合いから生まれたのが「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」展だ。

 内藤さんは61年生まれ。「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」を問い、空間とひそやかに対話するような作品で知られる。

 展示室には、東博の三つの部屋を用いた。平成館1階の入り口脇にある「企画展示室」、そこから本館に向かい、庭が見える休憩スペースの「1階ラウンジ」、本館入り口近くにある「特別5室」へと巡る構成になっている。

足形付土製品。窓からの光を展示ケースがうつす

 内藤さんが所蔵品から選んだのは、縄文時代の「足形付土製品」や「土版」。足形は、板状の粘土に2、3歳の子供の足を押し当てて形を写し取ったもの。穴が開いているのは、早世した子の死を悼んで家に掛けていたから、と見られている。同様の土製品は手形が付いたものもあり、北海道から東北地方にかけて出土している。

 共感するのは「素朴な魂が、やむにやまれずつくり出した」ような、そのあり方だという。美的に技巧を凝らすのでもなければ、権力の誇示のためにつくったものでもない。「生に迫られてつくるということが、私と何も変わらないというところが一番大きいです」

 展示ケースには、ふっくらと起毛した白い布が敷かれている。小さな指やかかとのくぼみが見える足形付土製品や、手のひらくらいの大きさのイノシシやサルの土製品、「母を思わせる」(内藤さん)土版も、その上に載せられている。そして傍らには、内藤さんが色をのせた紙、館内外で見つけた小枝や石、毛糸の切れ端がある。創ることと作ること、生み出すことと生まれることは内藤さんの創作のなかで近くにあるのだろう。

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本館特別5室。床に展示ケースが置かれ、左右の壁に絵画がある

 特別5室は別の企画展でも用いられていた場所だが、雰囲気が一変していた。じゅうたんや仮設壁が取り払われ、以前はロールカーテンなどで閉じられていた高い窓から、自然光が差し込む。周囲の壁には、絵が生まれゆく時間そのものような「color beginning/breath」の連作があり、足元に展示ケースが置かれている。しゃがんでケースを眺め、ふと見上げると、小さなガラス製のビーズがゆらめくのに気づく。

風船や色が付いた毛糸の玉、ガラスビーズが揺れる平成館企画展示室

 展示室を2度目に訪れた夏の日の夕方、連作の絵を見ていると西日が差して、さっと色が変わった。その明るさに、見ている人たちはすりガラスの窓を振り返る。薄い茶のトーンで彩られた床や壁に囲まれて、空間と作品の色が光のなかで一体になったと感じられた瞬間だった。

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 これまで内藤さんは作品がある空間に繊細に注意を払い、見る人も一つ一つに目を凝らしてきた。だが、ある部分で少しずつ変化しているようにも思える。例えば、過去の代表作では1人ずつテントに入って鑑賞するよう促したが、観光客が多い金沢21世紀美術館の個展(2020年)では、「人が集う場」という特性を受け入れることから始めたと語っていた。 そういう意味で、ラウンジの存在は5室以上に印象深かった。庭に面したスペースの中央に、二つのガラス瓶が重ねて置かれている。上の瓶には水が満たされ、伏せた下の瓶はそれを支えている。連綿と続く生と死の営みを象徴するような作品だが、ラウンジは常設展を見学する人の通り道であり、さりげなく置かれたこの瓶に目を留める人もいれば、気づかずに足早に去る人もいた。

 常設展の部屋を通ってそれぞれの展示室を移動するというスタイルも、思いがけなかった。巨大な博物館のにぎやかな雰囲気や、古い時代のさまざまなものが頭に残るなか、内藤さんの展示を見ることになるからだ。

本館1階ラウンジには、キリの台座の上にガラス瓶に水をたたえた「母型」がある

 この変化は見る人への信頼なのか、予測不可能な「今」をより受け入れるようになったという表れなのか。雑然とした「今」のなかで、(係員に守られながら)ガラス瓶はすっくと立とうとしているように見えた。

 エルメス財団との共同企画。9月23日まで。東京・銀座メゾンエルメスフォーラムでの個展(9月7日から)へと緩やかに続く構成となっている。

2024年7月29日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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