梅田哲也展から 建築現場の足場のようなものが組まれた展示室=ワタリウム美術館で

 美術家は、展示空間にどのようなまなざしを向けるのだろうか。国立の美術館と私立の美術館、東京と青森、対照的な展示から場所性に着目した展示を紹介したい。

 建物や場所に目を凝らし、さまざまな作品を発表してきた梅田哲也さん(1980年生まれ)。「梅田哲也展 待ってここ好きなとこなんだ」は、演劇的手法で東京・青山にあるワタリウム美術館という特異な美術館の存在を、立体的に浮かび上がらせた。

 72年から88年まであったギャルリー・ワタリ、そして90年に開館したワタリウム美術館。運営は、母和多利志津子さんから、恵津子さん、浩一さん姉弟へ。同じ場所で約50年、家族的な性格を帯びながら国内外の新しい動きを発信してきた。

 今回、この美術館を梅田さんは船に見立てた。案内人が約50分かけてツアー形式で導いてくれる。まず「待合室」で同行者と顔を合わせ、その後、ツアーは「出航」する。展示室として使われる場所から外階段へ。そこからまた中へ、上ったり下ったり。スタッフが作業をしている事務室にも案内される。

 図面に描かれた建物の「三角形」、「完了予定 64年12月15日」と書かれた建築工事の看板。案内人のパフォーマンスで、マリオ・ボッタによる建築と、そこで繰り広げられてきた営みが主役なのだと気づく。ハイライトは、ある場面で開かれる展示室の大窓。普段は搬入口として用いられているという。開閉できると思っていなかった場所が開き、外気が流れ込む。向こうの世界とこっちの世界は、つながっている。閉じた空間に風穴が開き、美術館も生きていると思わせる体験だった。

梅田哲也展から 三角形の美術館に出没する丸い形=ワタリウム美術館で

 事前予約制。2024年1月28日まで。前後期で内容も変わるという。

 作品を、それがある展示空間ごとどう見せることができるのか。地方芸術祭が盛んな今、力量はますます問われ、作家も応えようとする。その力を洗練と共に示したのが、東京と青森、対照的な美術館で個展を開催した大巻伸嗣さん(1971年生まれ)。

 東京・六本木の国立新美術館で開催されているのが「Interface of Being 真空のゆらぎ」展(25日まで)で、光と影を用いてホワイトキューブの大空間を大胆に生かした。会場を入ってすぐ、細長い空間には、高さ7㍍の巨大なつぼ形の作品を一つだけ置いた。切り絵のような文様が、内部から放たれる光によって周囲の壁に影を映す。作品に近づけば見る人の姿も、影となって作品に取り込まれる。

大巻伸嗣展から 放つ光が見る人を包む巨大なつぼ形の「Gravity and Grace」=国立新美術館で

 その先の展示室には、布と風と光による作品「Liminal Air Space−Time真空のゆらぎ」がある。布は風に吹かれて瞬間ごとに姿を変え、再び同じ形になることはない。

 この作品は、青森・弘前れんが倉庫美術館の個展「地平線のゆくえ」(10月9日で終了)でも展示されていた。大巻さんは、かつて酒造工場として使われていた美術館で個展を開催するにあたり、青森の各地を歩き、土地の森や言葉、信仰から得たイメージを作品に織り込んだという。コールタールやレンガの質感に富む内部空間で見れば、抽象性を帯びたような新美術館の布の動きやゆらぎが、ここでは土地の歴史を内包した生命体のように感じられたのも確かだ。

大巻伸嗣展から ダンサーを交えたパフォーマンスが披露された作品「Liminal Air Space−Time 真空のゆらぎ」=国立新美術館で

 生と死、崩壊と創造、東日本大震災と原発事故、そしてコロナ禍。大巻さんが持つ問いとそれぞれの場所が反応して展示が生まれたというが、問いと背中合わせにある美しさが見る人を絡めとってしまう印象も抱いた。

2023年12月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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