石州瓦で覆われた「グラントワ」=平林由梨撮影
内藤廣さんと実現しなかった「アルゲリッチハウス」の模型=平林由梨撮影

「悲しさ、情けなさ、つらさがこの展覧会の目玉です」

 内藤さんは建築家、吉阪隆正(1917~80年)に学んだ日本を代表する建築家。三重県の「鳥羽市立海の博物館」(92年完成)や、高知市の「牧野富太郎記念館」(同99年)、東京都千代田区の「紀尾井清堂」(同2021年)など、周囲に溶け込む端正な建築で知られる。石見美術館が入る芸術文化複合施設「グラントワ」(同05年)も代表作だ。

 大学の卒業制作にはじまり、建築や都市計画プロジェクト計81件を紹介する。すでに完成したものが37件、東京・渋谷の再開発など現在進行形のプランが11件、そして4割にあたる33件はコンペに負けるなどして実現しなかった「アンビルト」の建築だ。

■  ■

内藤さんが描いた赤鬼と青鬼のイラスト=内藤廣建築設計事務所提供撮

 「やりたいことを突き詰める情熱と、社会のなかで探らざるを得ない落としどころと、このせめぎ合いが面白い」

 内藤さんが「アンビルト」のプランに至るまで見せる理由だ。この「せめぎ合い」をチャーミングにあぶり出すのが内藤さんに成り代わって作品を解説する「赤鬼」と「青鬼」。赤鬼は、情熱的な夢想家で、時に逸脱する。青鬼は、論理的な堅実家だが、少し窮屈な性格だという。

 例えば、グラントワをめぐる会話はこんな具合。
 赤鬼「人生の変わり目、その意味で忘れられない仕事だな」
 青鬼「事務所の方はコンペに負け続けだった。たしか19連敗だったかな」
 赤鬼「挑戦するたびに頑張るんだけど、なんか絶望的だったね(中略)」
 青鬼「そうそう、オレが出すぎれば地味で目立たない案になっちゃうし、オマエが出すぎればやりすぎになっちゃうし。なにかとうまくいかなかったね」

赤鬼と青鬼の会話(手前のボード)を読みながら模型などが見られる=平林由梨撮影

 プロットを執筆したのは内藤さん自身。コンペで突きつけられた条件や、土地のクセをめぐって試行錯誤したその時の心情を2匹に託した。建築家の腹の内を惜しげもなく見せるこうした会話しかり、実現しなかった「石川県立図書館」「帝国劇場」など本展のために作り直した模型の数々しかり、本人が「やりすぎましたか?」と記者に問うほどサービス精神満載だ。専門的になりがちな建築展の新たな可能性も示した。

■  ■

 会場そのものが見どころでもある。「地域の歴史や文化に根ざしながら、これまでにない新しい表現を生み出せた」と振り返るグラントワは屋根から外壁に至るまで島根県の伝統素材、石州瓦で覆った。つややかな赤茶色は、空模様を映して表情をやわらかく変化させていた。

模型やスケッチ、設計図が並ぶ展示室=平林由梨撮影

2023年10月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする