記者が購入し、スマートフォンに届いた香取慎吾さんによるNFTアート

 毎年恒例の「2021ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞に「リアル二刀流/ショータイム」が決まった。大賞は逃したが、ノミネートの中でひときわ謎めいていたものがある。「NFT」だ。今年のデジタル業界を熱くしたキーワードだという。「耳なじみがない」とスルーしそうになるが、ちょっと待ってほしい。アートの世界に大変革を起こしつつある、といってもいい代物らしい。実情を探った。【平林由梨/学芸部】

 ◇「NFTアート」を購入してみた

 9月上旬、元SMAPの香取慎吾さんが「NFTアートチャリティプロジェクト」を発表した。東京パラリンピックに感動した香取さんが、自身が描いた壁画をデジタルアート化して販売。その収益を、パラスポーツを支える「日本財団パラリンピックサポートセンター」に寄付するという内容だ。1点3900円で1万点を限定販売したところ、たった1日で売り切れとなった。

 今回はこのデジタルデータをNFTというスタイルにした。そもそも、デジタルデータはスクリーンショットなどで簡単に複製ができる。ところがNFTにすることで、その電子データがコピーではない、真正であるという証明が与えられるという。さらに購入者にはこの「NFTアート」にシリアルナンバーを入れたうえで、デジタルアートのデータを付与する。

 私も試しに、この作品を購入してみた。後述するが、NFTの購入には一般的に仮想通貨(暗号資産)が使われるが、このプロジェクトではクレジットカード決済ができた。

 購入から1週間後、スマートフォンの電子財布の中に画像が届いた。開いてみると、カラフルな横長の壁画の画像がスマホの中でゆっくりと回転している。タイトルにはシリアルナンバーがふられており、「私だけの1点もの」を手に入れた満足感があった。

 ◇約75億円で落札

 もう少し突っ込んだ説明をすると、このNFTには「ブロックチェーン」が使われる。これは、金融取引などの記録をインターネット上の複数のコンピューターで互いに監視しながら蓄積する技術だ。一定の取引データを塊(ブロック)にして鎖(チェーン)のように連続して記録することからこう呼ばれ、ビットコインなどの仮想通貨の中核をなすものとして知られるようになった。仮想通貨以外でも、不動産登記や決裁書など重要資料の共有・保全など用途が広がっており、最近では今回の香取さんのようなアート作品や、さらにはブランドバッグが本物であることの証明にも応用されている。

 また、海外でもNFTは活況を見せている。

 今年3月。英国のオンラインオークションで、米国人アーティスト、Beeple(ビープル)さんの作品が約75億円で落札された。5000枚のデジタル画像をコラージュしたNFTアートだった。

 同じ頃。ツイッター共同創業者として知られるジャック・ドーシーさんが、世界初となる自身のツイートをNFT化し、オークションに出した。すると、3億円超の値が付いた。このツイートは現在でも、誰でも見られるにもかかわらず、だ。

このほかにも、人物を描いたドット絵やゲーム上の猫のキャラクターが1000万円以上もの高額で取引されたりしているという。

 ◇仮想空間のギャラリーに展示

 実際のコレクターに話を聞くことができた。国内有数のNFTアートコレクターとして知られるLev(レブ)さん。2019年夏からNFTアートの収集を始め、約300点のコレクションがあるという。東京都内在住の30代男性で、仮想通貨や株を売買する投資家とのことだ。

オンラインで取材に応じるLevさんのアイコン。この画像もNFTアートだという

 Levさんは、インターネット上の仮想空間にギャラリーをつくり、そこにこれまで購入したコレクションを展示している。「仮想通貨の専用口座を持っていなくても誰でも無料で入館して楽しめます」という。

 私もコレクションを見てみようとLevさんのツイッターからリンクをたどり、「アバター」と呼ばれるキャラクターで仮想空間の中に入り込んだ。すると、黒光りする奇抜な建物が現れた。足を踏み入れると、ネオンのように発光したり、形を変えたりする、デジタルならではの特徴が目を引く作品がずらりと並んでいた。

Levさんが仮想空間上に建てたギャラリー

 冒頭の香取さんの場合は、クレジットカードを使って決済できたが、NFTアートの売買は一般に、インターネット上の専用プラットフォーム(取引場)で行われ、「イーサ」に代表される仮想通貨を使う。Levさんが最初に購入したのはJosieという当時は無名作家の「Nebula(星雲)」という作品。円に換算すると16万円程度だった。「購入を始めたのはアーティストを応援したいという気持ちからでした」と振り返る。Josieさんの別の作品は現在、億単位の値がつくものもある。草創期から活動するアーティストの作品を中心に、価格は高騰しているという。

 「数年でここまで値段が上がるとは予想していませんでした。現状、投機目的での参入者も非常に多いという印象ですね」。芸術作品は富裕層がこぞって買い集めることで値が跳ね上がるのが通例だが、NFTの世界にもそれは及んでいるようだ。

 一方で、NFTをめぐる国内での法的位置づけや、権利関係の整備はまだ十分とはいえないという。「リテラシー(知識)を身につけずに高額取引に手を出すのは注意が必要です」と話した。

 ◇「デジタルルネサンス」の到来

 とはいえ、デジタル分野で作品を制作してきた人たちにとって活躍の場を広げる好機に違いない。「ある種の革命が起きている」と語るのは、神奈川県逗子市と都内を拠点に活動するアートディレクター、浅田真理さんだ。

3台のパソコンに向かいNFTアートを制作する浅田さん=神奈川県逗子市で2021年9月29日

 浅田さんの職業は「VJ(ビデオジョッキー)」。フジロックフェスティバルをはじめとする音楽フェスやファッションショーでデジタル映像を使った演出を行い、10年以上活動してきた。しかし新型コロナウイルスの感染拡大を受け、昨年から演出依頼が激減した。仕事がゼロの状況が数カ月続くこともあったという。

 そんな時に突然、数年前から注目していたNFTアートが流行の兆しを見せたのだ。今年に入ってAIをテーマにしたデジタル画像を制作し、専用プラットフォームで公開。すると約30万円で売れた。浅田さんのようなデジタル映像を扱うアーティストはこれまではクライアントの発注を受けて制作するのが通例で、自分自身が発表したいアートはインスタグラムなどで無料公開するくらいしか方法がなかったという。浅田さんはこう話す。「『デジタルルネサンス』の到来といっていいと思います。デジタルアートの価値が再発見され、デジタルアーティストとして食べていける仕組みができたのですから。それによって自分が表現したいことを追求できる環境も整ってきました」

 アーティストにとってのメリットはまだある。NFTアート市場では、作品が転売される際に作者にその代金の一部が支払われる仕組みが採用されているからだ。支払われる額はプラットフォームが設定する割合に応じてさまざまだが、通常は1割程度。従来の美術業界では通常、オークションなどの2次流通市場で作品が売買されても作者には一円も入らなかった。収入は最初に販売した時のみ、という場合がほとんどだった。

 浅田さんはNFTアートの制作の傍ら、都内のギャラリーでNFTアートの展示即売会を開いたり、国内のアーティストを世界に向けて紹介する会社を経営したりとコミュニティー作りや、普及活動にも力を入れる。

 ◇独自の美学持つ可能性

 新たな価値を生み出したNFTの登場は確かにインパクトが大きい。これまでのアートでは物質としての「オリジナル」が存在してきたが、NFTアートでは「オリジナル」がブロックチェーン上の「証明書」に置き換わっている。そもそもだが、これを「アート」と呼んでいいものなのか。美術界から抵抗感は出ていないのだろうか。

取材に応じる美術評論家の南條史生さん=東京都目黒区で2021年9月27日

 この疑問を、美術評論家の南條史生さんにぶつけてみた。森美術館特別顧問で、NFTアートに関するシンポジウムを7月に企画している。

 南條さんは「アートの希少性はそれを担保する技術、NFTと相性がよい。まだ仮想通貨で買えるものが限られているなかでだぶついているお金がNFTアートに流れ込み、価格が沸騰している」と指摘する。

 これまで、アートの価値は美術館に所蔵されたり、専門家が評価したりと、制作者の手を離れた後に決まってきた。そして価格についても、その価値と大きく乖離(かいり)することはそうはなかったという。ところが、NFTアートをめぐってはアーティストは売買するプラットフォームに直接作品を出品するため、専門家を介さずに購入者と直接つながる。そのため、これまでのような価値付けの体系はまだできていない。

 南條さんはこの「価値付け」についてこう評価する。「現時点では質が高いといえる作品は少なく感じます。モニター画面で見るため、派手で過剰な色遣いのものが多い印象があります。ペインティングのディテールや油絵の筆跡などを味わうような作品は見えてきません」

 ◇オンライン上へ移行する価値

 それでも南條さんは、これからNFTアートが独自の美学を持ち、新たなアートとして美術史に位置づけられていく可能性を予言する。米国のアーティスト、ジャン・ミシェル・バスキアを引き合いに出してこう語った。「バスキアはアンディ・ウォーホルが連れてきた無名の黒人男性で、最初は誰も注目しませんでした。でも作品がマーケットに引っ張られるように注目を集めて話題になり、高値が付くようになりました。そして今や誰もバスキアの存在を否定できません。こうした価値の転換は十分起こり得ます。アートは常に、先行する価値観への異議申し立てとして存在してきたのですから」

Levさんが仮想空間上に建てたギャラリーに掲げられたNFTアート

 とはいえ、パソコンやスマホの画面上のものを見ることが芸術体験と言えるのか、という疑問は残ってしまう。それに対し、前出のLevさんはこう指摘する。「匂いや重さ、質感、そうしたものを鑑賞の上で重視し、所有の根拠にする人が今は多数派を占めています。ですが、幼少期からインターネットに親しんでいるデジタルネーティブ世代にとってはデジタルで見ること、シェアすること、持つことこそが満足感につながっていくとは思いませんか」

 アメリカのIT企業「Squarespace」が7月に発表した調査によると、アメリカ人のZ世代(1990年代後半以降に生まれた世代)の60%とミレニアル世代(80年以降90年代半ばまでに生まれた世代)の62%は、オンライン上で自分を表現する方が、直接会って表現するよりも重要だと考えているという。ものごとの価値はオンライン上へとどんどん移行している。NFTアートの隆盛は、その象徴なのかもしれない。

 ここから新しい文化が花開いていくのだろうか。それとも一過性のバブルがはじけて終わるのか。自分のスマホの中で回転を続ける小さな画像を見ながら、考えている。

2021年12月12日 毎日新聞・ニュースサイト 掲載

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